塾の理念

上の赤字下の青字
なんだか正反対のことのように感じませんか?
赤字は、厳しい感じがしますよね。
青字は、見方によれば慈しむ感じもしますよね。
厳しさと慈しみって、ほぼ逆ですよね?
しかしここには、maru塾の熱い思いが込められています。その熱い思いを今から語りたいと思いますので、少しお付き合いください。よろしくお願いします。





「自立」は放置とは違う

最近、首都圏では「自立指導」なる指導形態の塾が増えています。その結果でしょうか、金沢市にも自立指導の塾が増えてきました。しかし、そんな自立指導の塾たちからmaru塾に移ってきた多くの子たちは、ほぼ100%口をそろえてこう言います。

「前の塾では放置されていた」
「塾に行ってもあいさつすらなかった」
「先生と一言もしゃべらない日ばかりだった」
「帰る時は黙って帰っても気付かれなかった」
「ていうか先生が教室にいなかった」

これは、自立指導だから先生は手を出さない、ということなのでしょうか?全く理解できません。これらは自立ではありません、ただの放置です。放置状態で学習して、お子さんは自立した人間になれると思いますか?どの子も自立した人間になれると思いますか?答えは、NOですよね。

手を離して目を離さず・・・これが「自立指導」です

お子さんの手を掴み、目的地まで保護者の方が引っ張り上げるのでは、お子さんは自立した人間にはなれませんよね?保護者の方がいつも手を引っ張っていては、お子さんが依存します。他者へ過度に依存する環境を保護者の方が作ってしまうと、お子さんの自立を阻害する可能性が高まります。

では、手を離して、全てをお子さんに任せていいのか。

前述の自立指導の塾の中のいくつかでは、先生の目を盗んで教室でゲーム(携帯機やスマホなど)をやっていたそうです。先生が教室にいたかいないかは分かりませんが、先生が見ていなかったことには間違いありません。見ていて注意しなかったのであれば、さらに問題ですが・・・。

手を離しても、目を離してはいけない。





目を離さず依存させない環境を準備します

maru塾の教室では、お子さんが何をしているのかを講師が完全に把握しております。何の教科の、どこの単元を学習しているのか、それがお子さんの弱点克服につながるのか、自信を付けるのにつながるのか。完全把握したうえで指示を出します。好き勝手なことをさせません。

一方で、質問を1から10まで全て答えるということは、ほぼしません。1から3まで教え、4から自分で考えてもらい、6まで自力で頑張ったけれど分からなかったというのであれば、7から9くらいまで教えて、10に自力で辿り着けるようなヒントを出す。最後はお子さんが解くよう工夫します。

ただ、記述問題は講師がチェックします。お子さんが解くように工夫するということは、ある程度の自己採点を任せることになります。が、国理社、英語の作文、数学の証明などは別です。生徒の自己採点に任せたら大変なことになりますので。絶対に講師が直接チェックします。

大人が見ている安心感
安心感が子どもの自立心を生む


自転車に乗る練習、したことありますよね?補助輪の無い自転車の運転、不安でしたよね?だから練習の時は、公園で、お父さんやお母さん、お兄ちゃんやお姉ちゃんが一緒だったのでは、と思います。何かあっても周りに大人の人や目上の人がいたから、自転車の運転に挑戦できたのではないでしょうか

挑戦する精神は、安心から生まれます。

当たり前ですよね。不安だらけの中で挑戦するなんて、普通は出来ませんよね。失敗しても助けてくれる大人や年上の人がいるから、安心して挑戦を積み重ねることができた。挑戦を積み重ねた結果、何度か転びながらも自転車に乗れるようになったのではないでしょうか。

挑戦からの成功体験が積み重なり、自立心が生まれる。

自転車に乗れるようになったという成功体験は、自信になります。この体験が次なる挑戦への意欲を生み出し、その挑戦を大人が見守っていれば、お子さんは安心して挑戦し続け、そして成功する。そして次の挑戦を・・・そして次の成功を・・・。自信の積み重ねで生まれるものこそが「自立」です。

だから、その第一歩目で大人の目を離してはいけないのです。

孤独を感じている子どもは不幸です。なぜなら、孤独感から生まれる不安ゆえに新たな挑戦が出来ないから。その結果、自信を積み重ねることができず、自立した人間になれないから誰かに依存しないと生きていけなくなる。自立した人間になってもらうために、孤独を感じないようになってもらうために、我々はお子さんから目を離しません。

以上、長く青字の部分を説明してきました。

さて、ここから赤字の部分のお話をします。つまり、

自主・自律・自発・自省・自学
そもそもなぜこれらが大切なのか


自主的にしなくても、先生が無理やりさせてくれればいいのに。
自律できなくても、先生がビシッと怒ってくれればいいのに。
自発的でなくても、先生が生徒の尻を叩いてくれればいいのに。
自省なんて無理です、だから先生が厳しく注意してください。
自学なんて無理です、だから先生が手取り足取り指導してください。

でも・・・・・これではお子さんがダメになるのです。

その理由を、各教室の教室長が書かせてもらいます。maru塾講師たちの想い。なぜお子さんは学ぶのか。学びを通じてお子さんにどうなってほしいのか。そのために、maru塾の講師はどうあるべきなのか。ぜひお時間いただき、ご覧いただきたいです。

(前列中央が児玉先生・後列左が原谷先生・後列右が村山先生)

塾長・高畠教室長 児玉直人
「人は生涯、自立学習者であるべき」

「自立」の反対は「依存」です。
先生の言うままに
先生が勧めるから
先生に叱られるから
先生が教えてくれるから
と、勉強に対する姿勢がすべて受け身でも、少しくらいは成績は上がるでしょう。いや、maru塾の講師陣の指示通りに勉強をこなせば、相当、成績が上がります。

でもそれは学習ではなく、単に「コントロールされている」だけです。

自分の人生を誰かにコントロール、もっと言うと、支配されたいですか?誰かの言いなりになって生きたいですか?誰かに依存して生きたいですか?もちろん答えは、いいえ、ですよね。受け身な生き方をお子さんに望む保護者の方はいませんよね?

人は人生を送る中、様々な問題に直面します。そんな時、受け身の子が問題を解決させることは困難です。問題解決のために他人の力を借りることもありますよね。解決のために自分に何が足りないのか、どこを他人に頼るべきか、これらを考えることは「依存」ではありません。しかし受け身の人だと、他人からのアドバイスにコントロールや支配されて右往左往したり、または他人に頼るどころか助けてくれる人、「白馬の王子様」の出現を待つだけだったりするのです。

「学習」とは、学校の勉強をただ聞く、つまり受け身の姿勢で先生の言うことを受け止めることだけを言うのではありません。知識、行動、能力、価値観、思考を、自ら能動的に新しく獲得したり修正したりすることを「学習」と言うのです。自ら能動的に動かないといけない場面は、大人になってからも多くありますよね。つまり大人も「学習」する必要があり、それは以降も続きます。人は生涯、能動的に学習する人物であるべき、言い換えると、自立学習者であらねばならないのです。

自分のことは棚に上げ随分と偉そうなことを書きましたが、maru塾の生徒は、是非そのような人生を送ってほしいです。今、学校の勉強という教材を通じて、自立学習者のスキルを身に付けてほしい。



三口新町校教室長 原谷翔太
人生の主役は「自分」だ!


自主・自律・自発・自省・自学、すべてのことばに、「自(みずか)ら」という字が入っています。この、”自ら”何かをする、ということが、お子さんにとって何よりも大切なことであると、我々maru塾は考えています。

例えば。
今日は塾に何時間いられるのか。今の自分の学習状況や進捗から、何を勉強すべきなのか。掲げた目標を達成するためには、いつまでに何を何回やらないといけないのか。分からないことはどうやって調べようか。次に塾に来れるのはいつで、それまでに何をやっておこうか。

これらをお子さん自身が考え、選択し、行動できるようになったとき、それまでの”やらされていた”勉強とは全く違う、本当の”学び”が始まるのです。本当に学び始めたお子さんにとって、できなかったときの悔しさは倍になり、そして、できたときの喜びは何倍にも何十倍にもなります。これこそ、maru塾がお子さんに感じて欲しい「感動」なのです。

我々は、”自ら”学びに向かおうとするお子さんの”助言者”であり、”伴走者”でありたいと、常日頃思っています。我々がお子さんを一人にすることは決してありません。ですが、常にお子さん自身の力で問題に立ち向かってもらいます。そして、行く行くは我々の手からお子さんが巣立ち、自分の力で社会の荒波を乗り越えていくことを切に願い、”少し離れたところ”から、見守り続けます。



もりの里校教室長 村山寛記
正しいチャンスをつかめる人に


人生には、あらゆる機会、チャンスが無数に訪れます。そのチャンスを逃さずつかむ力を身に付けること。これが、私が考える自立学習の目的の1つです。

この先お子さんは成長し、いずれ社会に出ます。ですが、社会に出たら、手取り足取り教えてくれる人などいません。チャンスが来たことを誰も知らせてくれません。行動を促してはくれません。どうすればいいか、誰も指示してくれません。そのチャンスを逃したとき、何がダメだったのか、誰も教えてくれません。

ですから、自立、つまり自分の力で歩むことが必要なのです。
自主的・自発的であれば、行動できます。
自律できれば、その行動を継続できます。
自省できれば、次に生かせます。
自学できれば、それらの経験を自分の力とすることができます。
来るべきチャンスを、自分の力でつかむための、自立学習なのです。

我々講師は、正しく自立できるようにお子さんをサポートいたします。その努力が正しい方向へ向いているか、見ていきます。正しい努力ができない子、間違ったチャンスをつかんでしまう子。そうならないために、私たちが責任をもって、お子さんを指導します。

タイトルとURLをコピーしました